fc2ブログ

やまなしなひび-Diary SIDE-

変わらない価値のあるもの

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』紹介/「自由度」と「一本道」のターニングポイント

<このページで利用している株式会社スクウェア・エニックスを代表とする共同著作者が権利を所有する画像の転載・配布は禁止いたします。
© 1992 ARMOR PROJECT/BIRD STUDIO/SPIKE CHUNSOFT/SQUARE ENIX All Rights Reserved.>

dq5-1.png
<画像はスーパーファミコン版『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』より引用>

【これさえ押さえておけば知ったかぶれる三つのポイント】
より強化されたストーリーは、「自分ではない誰か」の人生を味わえる
モンスターを仲間にして、プレイヤーの数だけ自由な「編成」ができる
『ドラクエIII』が固定した4人パーティのイメージを自ら捨てた3人パーティ制


『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』
 公式サイト
・発売:エニックス(PS2版以降はスクウェア・エニックス)
 スーパーファミコン用:1992年9月27日発売(開発:チュンソフト)
 プレイステーション2用:2004年3月25日発売(開発:マトリックス)
 ニンテンドーDS用:2008年7月17日(開発:アルテピアッツァ)
 スマートフォン用:2014年12月12日(開発:アルテピアッツァ)
・コマンドバトルRPG
・セーブスロット3つ(スーパーファミコン版は)

※ PVはスマートフォン版のものです
 私がエンディング到達にかかった時間は約30時間でした
 ※ネタバレ防止のため、読みたい人だけ反転させて読んでください


【苦手な人もいそうなNG項目の有無】
この記事に書いたNG項目があるかないかを、リスト化しています。ネタバレ防止のため、それぞれ気になるところを読みたい人だけ反転させて読んでください。
※ 記号は「◎」が一番「その要素がある」で、「○」「△」と続いて、「×」が「その要素はない」です。

・シリアス展開:◎(「人は死ぬ」「そして受け継がれる」ことがテーマなので)
・恥をかく&嘲笑シーン:×
・寝取られ:△(選ばなかったヒロインが他の男とくっ付くのはNTRになる?)
・極端な男性蔑視・女性蔑視:○(結婚のくだりとか、ね……)
・白人酋長もの:×
・動物が死ぬ:△(敵モンスターはたくさん殺してるけど)
・人体欠損などのグロ描写:×
・人が食われるグロ描写:×
・グロ表現としての虫:×
・百合要素:×
・BL要素:×
・男女の恋愛:◎(結婚がテーマなので)
・ラッキースケベ:×
・セックスシーン:×

↓dq5-1↓

◇ より強化されたストーリーは、「自分ではない誰か」の人生を味わえる

 このゲームは1992年に発売されたスーパーファミコン用ソフトで、大人気シリーズ『ドラゴンクエスト』の第5作であり、プラットフォームをファミコンからスーパーファミコンに移した1作目です。

 「1992年のスーパーファミコン」はとてつもない年で……RPGに限っても『ロマンシング サ・ガ』、『真・女神転生』、『ファイナルファンタジーV』、それ以外のジャンルでも『弟切草』、『ストリートファイターII』の移植版、『マリオペイント』、『スーパーマリオカート』などが発売された年です。
 1990年11月に発売されたスーパーファミコンが2年目に突入して、各社が新機種に慣れてきて多様なゲームが出せるようになってきた時期だと言えますね。

 そして、この時期のRPGは……向上したスペックを「自由度」に使うか、「一本道」に使うかの分かれ道だったと言えます。



 さて、このゲームについて語る前に、この5作目に至るまでのドラゴンクエスト』シリーズを振り返ってみましょう。

・1986年5月27日『ドラゴンクエスト』(ファミコン)
・1987年1月26日『ドラゴンクエストII 悪霊の神々』(ファミコン)
・1988年2月10日『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』(ファミコン)
・1990年2月11日『ドラゴンクエストIV 導かれし者たち』(ファミコン)
・1992年9月27日『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』(スーファミ)


 1980年代前半、アメリカから「RPG」というジャンルのPCゲームがやってきて、日本でも多くのRPGが作られます。そうした先人達の作品の「いいとこどり」をして、ファミコン&少年ジャンプのメインターゲットであるこども達にも遊びやすく提示したことによって『ドラゴンクエスト』はヒットします。
 作者である堀井雄二さんは、最初から『Wizardry』のような「自由なパーティ編成ができるRPG」を作りたかったのだけど、当時のファミコンの性能や「RPGを遊んだことがないであろうファミコンユーザー」のことを考えて……第1作は1人旅、第2作も1人旅から始まるけど徐々に仲間が増えて3人パーティになり、第3作はスタート直後から「自由なパーティ編成」ができるようになると、3作目でようやく作りたいものが作れるようになったと言われています。

dq5-dq3.png
<画像はWii版『ファミリーコンピュータ ドラゴンクエストIII』より引用>

 この3作目『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』は、バッテリーバックアップを採用したことによる「自由なパーティ編成」や「広大なマップ」、2作目が社会現象になるほどヒットしたので開発期間に余裕があってバランス調整がしっかりなされていたこと、ロトシリーズ完結編に相応しいシナリオなどで、評価も売上も最高潮に達しました。

 この3作目は日本のRPGのスタンダードになったと同時に、ゲーム以外の分野においても多大な影響を与えました。一例を挙げると、例えば現在アニメも放送されている大ヒット漫画『葬送のフリーレン』に登場する勇者一行は「勇者」「戦士」「魔法使い」「僧侶」の4人パーティですが、この組み合わせを定着させたのが『ドラゴンクエストIII』だと言われています(※1)

(※1:『ダンジョン飯』も4人パーティですが、あちらは『Wizardry』ベースだと思うのでちょっとちがいます。元々のパーティは6人だったので『Wizardry』と同じ人数→ それが解散になって4人パーティになる流れだし)


 ということで、『ドラゴンクエスト』シリーズは3作目にして「作りたいもの」を作ってしまい、完成形になり、最高傑作と呼ばれるものになってしまいます。

 では、4作目以降どうするのか……

 3作目と同じようなものの「ストーリーを変えただけのゲーム」を作る手もあったのですが、堀井雄二さんは敢えて「別の道」を進んで「ドラゴンクエストIIIが築いた定番」を破壊していくのです。
 「ドラクエは王道」のようなパブリックイメージがあるかも知れませんが、それは「ドラクエが歩いた道が王道になる」だけであって、1作1作を見ていくと『ドラクエ』って当時は「異端だと思われたこと」を相当取り入れているんですね。


 そうした4作目が選んだ道が、「キャラクター」と「ストーリー性」の強化です。

 1作目は主人公(=プレイヤーの分身)の1人旅。
 2作目は仲間が途中で加入しますが、「サマルトリアの王子」「ムーンブルクの王女」に決まった名前はなく、とある法則によって8つの中から選ばれます(裏技を使うことで自分で決めることも可能)。
 3作目はスタート直後の酒場で、名前と性別と職業を自由に決めたメンバーでパーティを編成することが可能です。

 つまり、『ドラゴンクエスト』シリーズには「名前が決まっている仲間」がいなかったんですね。主人公に自分の名前を付けて、仲間に友達の名前を付けて、女性キャラに好きな女のコの名前を付けて友達に貸してバレるみたいに―――人それぞれ違う名前をキャラクターに付けて遊ぶのが、この時期のRPGのスタンダードだったんですね。


 しかし、4作目となる『ドラゴンクエストIV 導かれし者たち』には「ライアン」「アリーナ」「トルネコ」といった名前の付いたキャラクター達が登場します。
 1章→ 2章→ 3章→ …とそれぞれの章ではそうしたキャラクター達が主人公になるオムニバスの話を進めた後、最後の章で「主人公(=プレイヤーの分身)」と名前の付いたキャラクター達が出会って仲間になるという、「自由なパーティ編成」も出来なくなれば「ストーリーも一本道」になっていったんですね。


 今となっては普通のことすぎて「そんなに異端だったの?」と思われるかも知れませんが……4作目は発売前から少年ジャンプなどの雑誌に「これが今度のドラクエで仲間になるキャラ達だ!」と「ライアン」「アリーナ」「トルネコ」といった名前の付いたキャラクター達のイラストが載っていました。
 1990年の時点で「キャラクター性」「ストーリー性」の強いRPGがなかったワケじゃありませんが(『ウルトラマン』や『ファミコンジャンプ』のようなキャラゲーRPGは既にあったし、1988年の『ファイナルファンタジーII』の“4人目”枠は話題だったと思います)、ゲームオリジナルキャラをゲームの発売前から特集するのは異例だったんじゃないかと思います。

 近年、初期の『ドラクエ』が生まれた経緯を、堀井雄二さんや仕掛け人の鳥嶋和彦さんがインタビューで語ることが多くて助かります。次の記事の7ページ目でその辺の経緯が語られていますね。

初代『ドラクエ』から37年、堀井雄二と伝説の編集者・Dr.マシリトが初めて公の場で語り合う! “鳥山明”という最強のマンガ家を用意したこの人なしに国民的RPGの誕生はあり得なかった…!

<以下、引用>
鳥嶋氏「(ドラクエ2が好きな理由は)それはやっぱり「出会い」があるからですね。『ドラクエ3』の印象としては、本当にゲームとして本格的になって、同時にやることが増えて難しくなったなと。だから当時は「堀井さん、この後はどうするんだろう……」って心配してましたよ(笑)。」

堀井氏「それはすごく思った(笑)。『ドラクエ3』が社会現象になって、じゃあ『ドラクエ4』はどうしようかと。」

鳥嶋氏「そのころ、ちょうど僕が現場から副編集長に上がっていたんですね。それで『ドラクエ』は「ジャンプ」にとっても大きな売りだから、「『ドラクエ4』はいつになるんですか?」って聞いたら「数年後だ」って言われて、えーってなっちゃった。分かっていた話ではあるんですけど、やっぱり副編集長としてはね。
 それでどうしようかと思い、マンガ『ダイの大冒険』やフジテレビでのアニメを仕掛けたんです。何を考えていたかと言えば、いかに『ドラクエ4』が出るまで『ドラクエ』の情報を誌面から消さず、読者にイメージトレーニングをしてもらうか……ということですね。」

(中略)

──それで言いますと、『ドラクエ3』よりも『ドラクエ4』の方が鳥嶋さんが求めるものには近いんじゃないでしょうか。

鳥嶋氏「そうですよ。だから僕は『ドラクエ3』より『ドラクエ4』の方が印象に残っています。」

堀井氏「『ドラクエ4』はキャラクターを立てた作品ですからね。章立てにして、仲間たちにもそれぞれ人生があるんだ、という作品にしましたので、その分ストーリー性が強いのかなと。」

鳥嶋氏「だから『ドラクエ4』のときは芦田豊雄さんという有名なアニメーターの方にお願いして、セル画を描き下ろしてもらいましてね。それで『ドラクエ』の各章立てのストーリーを「ジャンプ」に載せていたんです。描き下ろしてもらっていたので、1ページに膨大なお金がかかっていたんですけどね(笑)。」

</ここまで>
(※ 改行や強調など、一部引用者が手を加えました)


 つまり、RPGが「システム」ではなく「キャラクター」を前面に押し出して宣伝するようになったターニングポイントの時期だったんじゃないかと思われます。

 堀井雄二さんが後のインタビューなどで語ったことですが、こうして大胆に方向性を変えた4作目は「キャラクターやストーリーに自由度がなくなった」と当時は不評だったらしいのですが、その後の日本のRPGは「キャラクター」「ストーリー」重視になっていくため、後々に評価が高まったそうです。
 確かに、4作目以降の『ドラゴンクエスト』って「ハッサンが出てるヤツ」「マリベルが出てるヤツ」みたいにいっしょに冒険した仲間の名前で覚えるようになっていますもんね。その礎を作ったのは、間違いなく『ドラゴンクエストIV』だろうと。


 さて、では今回の紹介記事に書く5作目はどうかというと……
 4作目とはまた別の手法で「ストーリー重視」の作品となりました。

dq5-2.png
dq5-3.png
<画像はスーパーファミコン版『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』より引用>

 それは、ゲームが進むにつれて「こども」だった主人公が年齢を重ね「大人」になり、“人生の様々なイベントを追体験”できるストーリーです。

 4作目が「1章」「2章」「3章」……とストーリーが進むにつれて操作するキャラが変わっていったのに対して、5作目となる今作は「操作するキャラはずっと同じ主人公」「だけど、その主人公が年を取って成長していく」んですね。そのせいか、この5作目はドラクエシリーズの中でもトップクラスに「主人公=自分」に感じた作品だったと思います。

 4作目は章立てのオムニバスだったので「1つのマップを別の章で何度も訪れる」再利用がされていましたが、5作目も「1つのマップをこども時代と大人時代で2回訪れる」ような再利用がされています。


dq5-4.png
<画像はスーパーファミコン版『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』より引用>

 そして、3作目→ 4作目と引き継がれていた「主人公=勇者」の設定を捨てて、主人公は「勇者ではない普通の人(※2)」で「勇者を探し出すのが冒険の目的」なのも当時は驚きでした。
 前作に出てきた「勇者にしか天空シリーズの武器防具は装備できない」「天空シリーズの武器防具を装備しなくては天空城に入れない」設定のおかげで、「勇者を探し出さなくちゃ」と思わせられたのも上手かったです。

(※2:主人公は主人公ですごい家系なのだけど、その辺はネタバレだと思うので伏せておきましょう)


dq5-5.png
<画像はスーパーファミコン版『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』より引用>

 しかし、「ストーリーが強化された」反面、ゲーム進行は「○○に行ったら次は××」「その次は△△で」「そうしたら◇◇に入れるようになる」といったカンジにほぼ一本道になりました。そうしなければ、ストーリーが破綻してしまいますからね。

 従来のシリーズだと、陸地を歩いている時点だと一本道のルートであっても、船を手に入れた途端に「世界のどこにでも行けるようになる」「実際、IIの紋章やIIIのオーブは好きな順番で取りに行ける」「なので、どこから行こうか悩む」のが定番でした。
 しかし、今作だと「船が通れない浅瀬」で海が分断されていて、船を手に入れても新たに進めるようになるエリアは実質一つしかありません。

 この辺は4作目に続いて今作も「賛否両論」あるところかと思います。
 現在なら「自由度重視のRPG」も「一本道のストーリー重視のRPG」もあるし、どっちもあってイイと思えるので、「ドラクエ5はストーリー重視の方を選んだのね」と割り切れるのですが……当時は「ドラクエが絶対王者」「ドラクエの進んだ道が新たなスタンダードになる」と思われていた時代なので、「そっち行っちゃったかー」「3作目までの路線が好きだったのになー」って人も少なくなかったんですね。

 なので、『ドラゴンクエスト』シリーズ、4作目も5作目も「当時は路線変更に賛否両論だった」けど「時代が変化するごとに評価されるようになった」カンジじゃないかと思います。


↓dq5-2↓

◇ モンスターを仲間にして、プレイヤーの数だけ自由な「編成」ができる
dq5-6.png
<画像はスーパーファミコン版『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』より引用>

 ストーリーは「一本道」になった一方で、パーティ編成はある意味では3作目以上に「自由度」が高まりました。それが、敵モンスターを仲間に出来るシステムです。後の『ポケモン』のようにすべてのモンスターが仲間になるワケではありませんが、仲間になるモンスターの数は全40種類と、3作目の職業が8種類だったことを考えるとものすごい数になりました。

 この新要素には恐らく複数の意図があって―――

・どのモンスターが仲間になってどのモンスターを使うかはプレイヤー次第なので、人それぞれちがうプレイ体験になるし、リプレイ性も高くなる
・ストーリー上、主人公以外の「人間の仲間」は出入りが激しく、イベントによって戦力が大きく変わってしまう。が、 主人公にお供する仲間モンスターがいれば、「人間の仲間」がいなくなっても戦力が落ちずに遊べる
・それでいて仲間モンスターはあくまでモンスターなので、「主人公の孤独な旅」の雰囲気は損なわれない
・道中で敵として出てくるモンスターが仲間になることで、「序盤」「中盤」「終盤」とパーティ編成がガラッと変わって戦闘中に出来ることが変わって飽きない
・鳥山明先生デザインのモンスターキャラは、敵であっても人気だったために「仲間にできる」こと自体が嬉しかった(4作目のホイミンも人気だったし)
・それでいて、これまでは「敵しか使えなかった特技」をこちらも使えるようになるお得感があった(相対的に、MPを消費する呪文しか使えない人間キャラ……特に攻撃魔法の存在価値が下がったように思うけど)



 「敵キャラクターを仲間に出来る」RPG自体は『デジタル・デビル物語 女神転生』(1987年)などがあったので、1992年のこの『ドラゴンクエストV』の時点では目新しいものではなかったし、当時も今も「ドラクエVはメガテンのパクリ」と言う人は少なくありません。

 ただ、実際に遊んでみるとプレイ感覚は大きく異なっていて……『女神転生』シリーズは敵モンスター(悪魔)と「交渉」して、対価を払って戦ってもらう「傭兵」感覚で、レベルアップはしないんですね(※3)。なので、同じ仲魔を使い続けるのではなく、仲魔同士を掛け合わせて合体させる必要があるという。

(※3:『女神転生』シリーズで仲魔のレベルが上がるのは2003年の『真・女神転生III』から)

 『ドラゴンクエストV』のモンスターシステムは、仲間モンスターのレベルが上がっていき成長する「育成」要素があります。
 最初は弱いけど最終的に強い特技を覚えるモンスターや、序盤は頼りになるけどレベル上限が低くて成長しなくなるモンスター、全然レベルが上がらないモンスター、中盤までは主戦力でがんばってくれるけど終盤は馬車の中から回復呪文を唱えるだけになるモンスターなどなど……「育成」による個性があるんです。

 仲間になったモンスターを「育てていくのが楽しい」のは『女神転生』シリーズとはちがう感覚で、『大戦略』と『ファイアーエムブレム』くらい別のゲームなように思えます。
 この「育成」の楽しさが後の『ポケットモンスター』(1996年)につながると考えるなら、やはり「ドラクエの歩いた道が新たなスタンダードになった」と言えなくもないでしょう。『ポケモン』自体は開発に6年かかっている超難産なゲームなので、『ドラクエV』の影響を受けているかは微妙だと思いますけどね。

(関連記事:『ファイアーエムブレム 暗黒竜と光の剣』紹介/キャラでストーリーを語る「SRPGの型」の完成


 敵モンスターを仲間にする条件は、戦闘で倒した後に一定確率で「あちらから言ってくる」だけですが……実は「モンスターによって仲間になる確率がちがう」「同じ種族の2体目は確率が下がる」「エリアごとに設定されているレベルより主人公のレベルが低いと仲間にならない」などの数々の仕様が隠されています。

 そのため、「何も考えずにプレイしていても、超有能なスライムナイトは仲間になる」とか、「2周目プレイなどでゲームに慣れてガンガン進んでいると、主人公のレベルが低いので1周目で仲間になったモンスターが仲間にならないまま進む」といったカンジに、ゲーム初心者を救済しつつ、ゲーム上級者にはまたちがった味になるように作られているんですね。このバランス感覚は、流石の「ドラゴンクエスト」だと思います。

 『女神転生』シリーズは「交渉」しなければならないし、『ポケモン』シリーズは弱らせた上でモンスターボールを投げなければならないのに比べて、ノーリスクで「何も考えずに倒したら仲間になった」でOKにしてしまう辺りも「ドラゴンクエスト」らしいところですね。


 こんな風に「ストーリーは一本道でみんなが同じ体験をする」一方で、「パーティ編成の自由度が高くて戦闘面ではみんなちがうプレイ体験になる」方向性は、この3ヶ月後に発売された『ファイナルファンタジーV』も同様で、日本のRPGの方向性を決定づけたと言えると思います。
 その最たる例が1996年の『ポケットモンスター』になりますし、現在の「ガチャで仲間を集めるスマホゲーム」もそうですね。ストーリーに自由度なんてないしそこに誰も文句は言わないけど、「誰を仲間に出来たのか」はプレイヤーの数だけちがうという。



 しかし、そのスタンダードを確立させた『ドラゴンクエストV』の自由なパーティ編成が、本当に「みんなちがうプレイ体験になっていたか」と言うとそこまででもなくて……モンスターを仲間に出来るようになった直後に高確率で仲間になるスライムナイトが超有能すぎて、ほとんどのプレイヤーはこのスライムナイトを終盤まで使うだろうし。
 次の項で述べる「戦闘に出せる味方は3人まで」のシステムのせいで、せっかく仲間になったたくさんのモンスターをあまり活用できず、結果的に「主人公・スライムナイト・キラーパンサー」の固定メンバーでずっと戦い続ける羽目になりがちなんですね。

dq5-7.png
<画像はスーパーファミコン版『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』より引用>

 スライムナイトの有能さは「初心者救済モンスター」だと思うので、それが不満ならスライムナイトを使わない縛りプレイでもすればイイとも言えるのですが……そのせいで、『ドラクエV』で記憶に残っているキャラを思い出すと、パパスとかビアンカ以上にピエール(スライムナイト1体目)の名前が真っ先に挙がりがちという(笑)。


↓dq5-3↓

◇ 『ドラクエIII』が固定した4人パーティのイメージを自ら捨てた3人パーティ制
dq5-8.png
<画像はスーパーファミコン版『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』より引用>

 PS2版のリメイク以降は4人パーティ制になるのですが、スーパーファミコンで最初に出た『ドラゴンクエストV』は「馬車で連れ歩ける仲間は最大8人」「戦闘に出せるのは3人」と3人パーティ制でした。これには当時ビックリした記憶があります。


 元々、『ドラクエ』の元ネタと言われる『Wizardry』は6人パーティ制ですが、『ドラクエ』1作目は「初めてRPGを遊ぶ人」を想定していたため主人公1人だけの旅でした。『ドラクエ』2作目になると最終的に3人パーティになり、バッテリーバックアップを搭載して自由な編成が可能になった3作目では4人パーティになり、『ドラゴンクエストIII』が社会現象になったことで日本のRPGは「4人パーティ制」が標準になったと思われます。

 一応言っておくと「歴史上初めて4人パーティ制にしたRPGがドラクエIII」ってワケじゃなくて、『ドラクエIII』は国内だけで380万本売上げて社会現象にもなったので、「RPGと言えば(ドラクエIIIと同じように)4人パーティが基本だよなぁ」思われるようになったという話ですね。


 その『ドラクエIII』が何故4人パーティだったのかというと、ファミコンのスペック上「並んで歩けるのが4人までだったから」と言われているのですが……その2ヶ月前に発売された『ファイナルファンタジー』も、「画面上に映るのは先頭の1人のみ」なのに4人パーティ制だったので、戦闘時の都合(ファミコンのスペックかプレイヤーの力量か)な気もします。
 『ドラクエ』4作目になると仲間になるメインキャラは8人(+アルファ)になりますが、戦闘に参加できるのは4人までで、残りは馬車の中にいてバスケットボールのように「スタメン」と「控え」を入れ替えながら戦うようになります。

 当時の私は今以上にガキンチョだったので、「仲間はたくさんいた方がイイけどファミコンのスペックじゃ4人までしか出来ないからこういう形を取っているんだな」「ゲームが進化したら10人パーティとか100人パーティとかのRPGが生まれるのかな」なんて考えていました。アホですね。


 時代がスーパーファミコンになり、『ファイナルファンタジーIV』(1991年)で5人パーティ制になり、『ロマンシング サ・ガ』(1992年)は6人パーティ制になります。これからの時代のRPGはパーティ人数がどんどんどんどん増えていくと思ったら、『ドラゴンクエストV』が3人パーティ制になったので驚いたんですね。3~4作目が4人パーティ制だったのに、減ることあるんだ!?と。


 これも、今にして思えばなんですが……
 この時期の『ドラクエ』シリーズは、『III』が築いた「定番」を壊そうとしていて、ドラクエ自身が「RPGと言えば(ドラクエIIIと同じように)4人パーティが基本だよなぁ」を辞めようとしたんじゃないかと思うんですね。

 『ドラクエIII』で築き上げた4人パーティ制は「勇者(バランス型)」「戦士or武闘家(アタッカー型)」「魔法使い(攻撃魔法型)」「僧侶(回復魔法型)」が鉄板になってしまい(作中でもこの組み合わせがオススメと言われる)、そのせいで『ドラクエIV』も「主人公」「アリーナ」「マーニャ」「クリフト」とせっかく8人いて入れ替えも可能なのに同じような編成の固定メンバーで戦いがちになっちゃったんですね。


 なので、今作『ドラクエV』では「今まで通りの4人パーティは組めない」「今まで通りの戦い方がしたいなら馬車の中のメンバーと入れ替えながら戦わなければならない」としたのです。それがしやすいように馬車メンバーとの入れ替えはターンを消費しないようになり、馬車の中のメンバーも含めた8人での戦いを考える必要が生まれました。

dq5-9.png
<画像はスーパーファミコン版『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』より引用>

 しかし、この仕様もかなり中途半端というか……
 「スタメンと控えを入れ替えながら戦って欲しいから3人パーティ制にした」割には、馬車が入れずに3人で戦うしかないダンジョンも多く、そういったダンジョンだと「馬車に残したメンバー」には経験値が入らないため「スタメン」と「控え」のレベル差がどんどん広がっていくので。結局、万能タイプの「主人公」と「スライムナイト」を重宝することになっちゃうという。

 「ブーメラン」のように複数の敵を同時攻撃できる武器がシリーズで初めて採用されたり、前項で述べたように仲間モンスターが様々な特技を使ってくれたりするので、「3人パーティ制」でも何とかなっちゃうのは確かなんですが……せっかく40種類もの敵モンスターが仲間になるゲームなのに、「主人公」「スライムナイト」「あと1枠」みたいな時間が長いのもったいなかったなーと思います。

 最終盤のダンジョンは馬車が入れるので、馬車メンバーもフル活用して8人全員を入れ替えながら戦っているカンジが出てすごく面白いんですけどね……その面白さが分かった頃にはゲームが終わっちゃうという。



 そのため、次作『ドラクエ』6作目以降は「4人パーティ制」に戻り、PS2でのリメイク版『V』も「4人パーティ制」になったので……スーファミ版『ドラクエV』の「3人パーティ制」はよほど不評だったんだろうなと思うのですが。

 実は、堀井雄二さんも関わっている『クロノ・トリガー』(1995年)は「3人パーティ制」で、『ドラクエ』のライバルである『ファイナルファンタジー』シリーズは『VII』(1997年)以降「3人パーティ制」が基本になるんですよね。これは「戦闘グラフィックが3Dモデルになったから」なのかと思います。唯一PS時代に4人パーティ制にした『IX』は戦闘時のローディングが無茶苦茶長くなっちゃったし……
 2001年の『ファイナルファンタジーX』は「連れ歩ける仲間は最大7人」「戦闘に出せるのは3人」と3人パーティ制でかつ「スタメン」と「控え」を入れ替えながら戦う“スーファミ版『ドラクエV』が目指した遊び”を実現しているの面白い話だなと思います。「セガは10年早かった」みたいな話で、「ドラクエは10年早かった」案件ですよ。



◆ で、結局どういう人にオススメ?
dq5-10.png
<画像はスーパーファミコン版『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』より引用>

 とまぁ、「当時としては異端なこと」を次々とやっていって、『ドラクエIII』を神格化する人達からは賛否両論あったゲームなのは間違いないと思うのですが……「壮大な一本道ストーリー」にしても、「その分、味方の編成を自由にできるシステム」にしても、「4人パーティ制をやめて3人パーティ制にした」のも、後のスタンダードになっているのは凄いです。

 むしろ、今の感覚だと「どうして賛否両論あったのか理解できない」と思うんですね。「ストーリー重視のRPGだから批判されたって……RPGってストーリーが面白いから遊ぶんじゃないの?」って感覚の人が多いでしょうし、そういう人には是非オススメです!


 この記事だと「ストーリーのネタバレ」はあまりしたくなかったので語りませんでしたが、過去の記事で色々語っていることも多い作品なので「ネタバレ気にならないよー」って人はそちらもいっしょに楽しんでいただけたら幸いです。

(関連記事:自由度を捨てて、『ドラクエ』や『ゼルダ』が得た“遊びやすさ”
(関連記事:何故ぼくはフローラを結婚相手に選んだのか~1992年にあったゲームの分水嶺

| ゲーム紹介 | 18:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

https://yamanashirei.blog.fc2.com/tb.php/2998-fdf15f5f

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT